衆議院議員 東京第11区 板橋区 自由民主党 下村博文

近況報告

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憲法改正について 憲法26条改正による教育の拡充②「変わりゆく未来に対して」

2019年2月13日
 イスラエル人のノア・ハラリ氏の著書『ホモ・デウス』の中で、人は今後「ホモ・デウス(神の人)」になっていくとされています。これは「ホモ・サピエンス=人類」「デウス=神」を合せた造語で、神のような人ということになります。しかし、これからは今よりも格差が拡大し、ノア・ハラリ氏の言葉を借りると、「無用者階級」と「有用者階級」に分断をされてしまうとのことです。つまり、ホモ・サピエンスを神にアップグレードした「ホモ・デウス」になれるのは少数の特権エリートであり、AIの進化により大半の人たちは無用者階級になるということです。
 また、同様の予測を未来学者のレイ・カーツワイル氏は「2045年にシンギュラリティーの時代に突入する。そして、働いているのは1割ぐらいの人で、9割の人たちは働かなくていい時代になる。」と予測しています。
同様の研究は日本でも行われています。野村総研がマイケル・オズボーン氏と共同研究を行ったとところ「あと10年たった時に今の職業の49%がなくなる。」との予測が立てられました。つまり、今行っている仕事の半分はAIやロボットに代替をされていくわけです。

 ただし、私たちが生きる次の社会がユートピアのような世界なのか、デストピアのような世界なのかは今からの私たちの選択によるものだと私は思っています。つまり、「無用者階級」「働かなくていい」という言葉をどう捉えるか、私たちは今から考えなければいけません。
日本人は今までは仕事に対して人生の価値を見つけてきました。生きがいややりがいをそこから見出してきたという部分があったと思います。そう考えると、仕事を失った時に人は人生に生きがいややりがいを感じることができるのでしょうか。
 ワークライフバランスや働き方改革によって、個人の仕事と私生活の両立が大切であるという社会の流れになっています。この点は重要な議論であるし、個人の生き方を仕事だけに定義する必要はないと思います。しかし、そもそも働かなくもいい時代が来た時に、人は何に対して価値観を持つのでしょうか。そのことを考えなければいけません。

 つまり、現行の憲法で規定されている教育の範囲やその延長線上で、こうした未来に対応できる人材ができるのかという議論をしていくということです。もっと積極的に国が個人の学びに対してサポートできる部分があるのではないかということを憲法改正という方法で考えていくということです。変化する時代にあった人材育成、進歩する技術を使いこなせる人材の育成を国が前面に押し出していくということです。この先行事例として、次のブログも読んでいただきたいと思います。

憲法改正について 憲法26条改正による教育の拡充①「憲法改正議論を」

2019年2月8日
 1955年に自民党が結党して以来、「自主憲法の制定」が党是のような形で今日まで来ました。その中で、何度か憲法改正案を作って参りましたが、具体的な条文イメージ案としてとりまとめたのは今回が初めてです。この4項目は自民党の条文イメージ案ですが、各党も憲法全体の改正案を作っている途中にあります。今後は憲法議論を国会の中で行えるよう、憲法審査会でも議論をしていく必要があるかと思います。
今回は4項目の中で、憲法26条の教育の拡充について述べたいと思います。党内だけではなく、世論を盛り上げるという意味を含めて、26条の自民党のイメージ案をここでは説明し、なぜ、今教育の拡充なのかということを整理したいと思います。まず現行憲法です。

憲法26条
すべて国民は、法律の定めるところにより、その能力に応じて、ひとしく教育を受ける権利を有する。
すべて国民は、法律の定めるところにより、その保護する子女に普通教育を受けさせる義務を負ふ。義務教育は、これを無償とする。

 ここで示されている内容は、すべての国民は教育を受ける権利があること、また国民の義務として教育を受けさせる義務があることが規定をされています。さらに、義務教育は無償となっています。そして、教育基本法でその期間を9年間と定めているというのが現行制度になります。これを他国と比べてみると、義務教育の範囲を高等学校までと規定している国や、期間を10年間や12年間というように定めている国もあります。日本では現在は高校まで無償化を行っていますので、憲法には規定がありませんが、別の法律によって他国に近い制度を行っていることになります。そういった現状を踏まえて、もう一度自民党の加憲案を見て頂きたいと思います。憲法26条に3項を追加するということです。

 「国は、教育が国民一人一人の人格の完成を目指し、その幸福の追求に欠くことのできないものであり、かつ、国の未来を切り拓く上で極めて重要な役割を担うものであることに鑑み、各個人の経済的理由にかかわらず教育を受ける機会を確保することを含め、教育環境の整備に努めなければならない」

 既知の通り、今国会での大きなテーマ、重要法案として、「幼児教育の無償化」と「必要な子どもに対する高等教育の無償化」が提出をされています。予算は2兆円規模にものぼり、予算としても大きな変化になると思います。こういった法案や予算の配分などは、現在ひろがっている格差の是正という意味でも意義のある取り組みです。貧困家庭の子供でも高校や大学も自らが志と能力を持っていれば進学できるというのは漸進的な取り組みだと思います。
では、なぜ法律の範囲内で可能な教育の拡充を憲法に新たに追加するのかということが疑問としてあると思います。そのことをここから説明をしたいと思います。

下村博文ブログ③「イギリス等の人材育成の取組み」

2019年1月21日
 デービッド・アトキンソン氏の著書『日本人の勝算』で、大変革時代(ターニングポイント)の生存戦略として、従来の制度を根本から考え直してつくる必要があると問題提起している。それは人口が増加するというパラダイムの下につくられて経済システムで、人口減少・高齢化という別次元のパラダイムに対応できるはずがないとの認識があるからだ。
 そのために、まずは所得を継続的に上げる。その結果、生産性が上がる。それには企業の規模を大きくする必要がある。それによって輸出もできるようになる。技術の普及も進む。所得が増えるから税収が増える。株価も上がる。財政が健全化する。要するに、今の悪循環を好循環に変える仕組をつくることだと主張する。
 確かに日本人の労働生産性は低くなっている。かつては世界第3位だったが、2016年の世界銀行のデータによれば、33ヶ国中第29位に下がってしまっている。1990年代に入ってから今までの日本の生産性向上率は世界第126位ときわめて低い。
 今、日本と違って、各国は最低賃金を政策的に引き上げ、高生産性、高所得経済への移行をすでに目指している。
 最も成功している国がデンマークであるが、イギリスもつい最近の2017年からデンマークを参考に職業実習賦課金制度を始めたという。
 この制度の対象は、一定規模以上の企業には、社員の教育訓練のために新たな税金を徴収するが、企業が人材育成に取り組めば、それ以上の負担金を国が出す仕組みだ。また一定規模以下の企業でも、人材育成に新たに取り組めば、企業のコスト1割負担に対し、残り9割は国が出すという。
 つまり国をあげて人材育成に取組むということだ。教育は子供だけでなく、全ての大人も対象とする。高齢化が進み、また少子化の時代に突入している中で一人ひとりの生産性向上を実現するためには、本格的な人材育成トレーニング制度が必要であり、何度でも社員を再教育して、技術革新の普及率向上を支えるべきと、アトキンソンさんは提言している。
 教育は、生産性向上のスキルを磨くためだけにあるわけではないが、各国が国をあげて教育訓練に取組んでいることは事実であり、我国も充分参考にしながら政策作りをしていく必要がある。

下村博文ブログ②「憲法改正 教育の拡充について」

2019年1月15日
 自民党は四項目の憲法改正条文イメージ案をつくりました。①憲法9条に自衛隊を加憲する案、②自然災害等に対処する緊急事態条項、③合区解消、④教育の拡充です。
 今回は特に教育条文の加憲について説明したいと思います。未来学者のレイ・カーツワイルは、2045年にはシンギュラリティを人類は迎えると予測しています。その時9割の人は働いていないとしています。同様にユバル・ノア・ハラリは『ホモデウス』で将来、人類は科学技術の飛躍的な発展によって人類(ホモ・サピエンス)は神のような存在『ホモ・デウス』に進化していく人達と、無用者階級に分かれていくと著しています。
 いずれにしても、私たちの未来は急激な変化がこれから訪れるでしょう。このままほっておいたら私たちの生きがいややりがいがどんどんなくなってしまうかもしれません。現状の問題点と上記のような未来を見据え、日本国憲法の教育条文を自民党は以下のように加憲する案を提案します。

現行憲法26条
①すべて国民は、法律の定めるところにより、その能力に応じて、ひとしく教育を受ける権利を有する。
②すべて国民は、法律の定めるところにより、その保護する子女に普通教育をうけさせる義務を負ふ。義務教育は、それを無償とする。

これに、次のように加えました。

③国は、教育が国民一人一人の人格の完成を目指し、その幸福の追求に欠くことのできないものであり、かつ国の未来を切り拓く上で極めて重要な役割を担うものであることに鑑み、各個人の経済的理由にかかわらず教育を受ける機会を確保することを含め、教育環境の整備に努めなければならない。

 他党で見ると、日本維新の会はさらに踏み込んで、全ての教育の無償化への改憲案を発表しています。その他の政党は基本的に憲法改正ではなく、法律によってより教育の拡充を計っていけば良いという立場です。
遅まきながら日本は2012年に国際人権規約13条2項b,cの留保撤回を行いました。これは中等教育と高等教育の無償教育の斬新的な導入を定めたものです。その結果、確かに斬新的に進んではいますが、貧困格差と科学技術イノベーションによる格差はそれ以上に早く進んでいます。
 少子高齢化が世界一進んでいる我が国にとって、子供達だけでなく全ての老若男女がチャンス可能性を切り拓く社会を創ることが大切であり、そのツールが教育です。教育立国(啓育立国)こそ、日本の未来を創るビジョンです。

下村博文ブログ①「教育から啓育へ」

2019年1月10日
 近代工業化社会からすでに時代は情報化社会に、AIを中心とした第四次産業革命に突入しています。
 日本は明治になり西欧の近代工業化社会に追いつくために、富国強兵・殖産興業を進めるため教育に力を入れました。その当時Educationを教育と日本語に訳しました。
 これに対し川上正光氏(元東京工業大学学長)は、昭和53年発行の「独創の精神」の著書の中で以下のように述べています。

 『Educationを「教育」と大誤訳し、教育にすり替えてしまったのは致命的失敗である。教育はTeachingに該当し、教えることで、才能をひき出すEducateは一切していないといっても過言ではなさそうである。教えるということは他人の頭を利用して考えさせることで、これでは自分で考える力の養成にはならない。真のEducationに対する適語として、本来の才能をひき出すという意味から、啓発教育をつめて啓育(心をひらく)としてはどうか。』

 私は明治の頃は、先人の切実な思いとしての「教育」という訳語は、適切であっただろうと考えます。しかし、時代はとっくに変わりました。
 これまでの暗記記憶の知識習得は人間より、AI人工知能の方が勝っています。逆にまだAIやロボットに負けない人間的能力として、クリエイティビティ・ホスピタリティ・マネジメントスキルがあります。ゼロから有を生み出すような創造力・企画力、そして人に対して思いやりや慈しみの心を持つということ、またいろいろな人間関係においてそれらをまとめていく能力等が、これからの能力開発として求められます。
 あと10年もたたないうちに、マイケル・オズボーン氏ら学者は、今の職業の50%は無くなるだろうと予測しています。それが第四次産業革命でもあります。
 私は元号の変わる今年より、教育という言葉を啓育に変え、新しい時代に合ったEducationをする時にしたいと思います。
 アメリカでは、キャシー・デビットソン氏があと10年後には、今はない職業に65%は変わっているだろうと予測しています。
 日本も、変化に対応できなければ失業者が街に溢れますが、啓育というコンセプトでクリエイティビティ・ホスピタリティ・マネジメントスキルを進めていけば、時代の変化に対応できる能力を身に付けていくことができると考えます。

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