【11万人の人生を変えた人】下村博文が語るあしなが育英会の玉井義臣さん


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このたび、あしなが育英会の創設者であり、長年にわたって遺児支援に尽力された玉井義臣会長が、90歳でご逝去されました。心よりご冥福をお祈り申し上げます。

私は、あしなが育英会の第1期奨学生として玉井会長と出会い、人生のあらゆる節目で多大なる影響を受けてきました。今回の動画では、その玉井会長との出会い、私自身の体験、そして玉井会長がどれほど大きな存在であったかを語らせていただきました。

私が9歳のとき、父を交通事故で亡くし、群馬県の貧困家庭で育ちました。高校進学すら諦めかけていた時、創設されたばかりの交通遺児育英会の第1期生として支援を受けることができたのです。その礎を築かれたのが、まさに玉井義臣さんでした。

奨学金の支援を受けられる感謝と裏腹に、「なぜ奨学生が街頭募金に立たねばならないのか」と反発した私を、玉井会長は一切責めず、深い愛情と信念をもって真っ直ぐ説得してくださいました。

君たちが立ち上がらなかったら、世の中は変わらない。君たちの背中を見て、後輩たちは未来への希望を持つんだ。

その一言に、私は衝撃を受け、自分の未熟さに気づき、初めて与えられる側から、与える側へと成長していく道を歩み始めました。

大学進学後も、街頭募金、政策提言、遺児の母親との全国集会など、玉井会長のそばで学ぶ機会をいただき、後には政治の道を志すようになります。選挙に落選し、再挑戦を諦めかけていた私に、病床の奥様を支えながらも、「原点を忘れるな」と一喝してくださった玉井会長。

その言葉に背中を押され、再挑戦を決意。あしながの後輩たちが毎日寝泊まりして選挙を手伝ってくれ、奇跡的に当選を果たすことができました。私の政治家としての出発点には、常に玉井会長の存在がありました。

文部科学大臣となった後、玉井会長はとても喜んでくださり、あしながの広報誌で何度も取り上げていただきました。玉井会長は、単に日本国内の遺児支援にとどまらず、エイズや紛争で親を亡くしたアフリカの遺児支援にも尽力されました。

私もウガンダに同行し、アフリカ支援に懸ける玉井会長のスケールの大きなビジョンと、深い人類愛に心から感動しました。

教育を受ける機会さえあれば、どんなに貧しくても人は未来を切り拓ける。

玉井会長は、世界中の遺児たちに「希望」を灯し続けた真の教育者であり、人間として最も尊敬すべき方です。

玉井義臣会長が築き上げてくださった志と遺志を、私はこれからも背負っていきます。一人ひとりの遺児に光を当てる社会づくりのために、あしなが育英会の第一期生として、これからも全力で取り組んでまいります。

一人の力でも、社会は変えられる。そのことを、玉井会長は生涯かけて私たちに示してくださいました。